予備校には、ときどき「主」がいます。
三浪、四浪、五浪と在籍期間が長くなり、先生のことも知っている。参考書にも詳しい。どの大学がどういう問題を出すかも知っている。受付とも顔なじみ。予備校の年間スケジュールまでだいたい分かっている。
そして、入ってきたばかりの一浪生などに、
「あの先生はいいよ」
「あの先生はやめたほうがいい」
「その参考書より、こっちをやったほうがいい」
「その大学だったら、こういう勉強をしないと」
などとアドバイスを始めます。
医学部予備校に限らず、浪人生の多い予備校では、ときどき見かける光景です。
本人に悪気はありません。
むしろ親切心からでしょう。
でも、私たち教える側からすると、思わず言いたくなることがあります。
「君がアドバイスする前に、まず君が合格しようよ」と。
少々厳しい言い方ですが、ここはとても大切なところです。
予備校に長く在籍していることと、受験に成功した経験が豊富であることは、まったく違います。
三浪生は、一浪生より二年間多く「受験生を経験している」のは確かです。
しかし、医学部に二年間多く在籍しているわけではありません。
同じ大学を受験するなら、その一浪生は後輩ではなく、同じ合格枠を争うライバルです。
実際、予備校では笑うに笑えないことも起こります。
年下の受験生に勉強法を教え、参考書を薦め、受験相談にまで乗っていた多浪生がいる。
そして入試が終わってみると、相談していた年下の受験生は合格。
相談に乗っていた本人は、もう一年。
これは決して珍妙なフィクションではありません。
だから、多浪している受験生ほど、「教える側」に回りすぎないでほしいのです。
他人の参考書を心配する時間があるなら、自分の参考書をもう一周する。
後輩の志望校について語る時間があるなら、自分の過去問を一題解く。
先生を論評する時間があるなら、その先生に自分の分からない問題を質問する。
受験生の仕事は、予備校に詳しくなることではありません。
合格することです。
そして、多浪生の「主」化には、もう一つ注意したいことがあります。
それは、妙な「達観」です。
長く受験生活を続けていると、毎年、新しく入ってくる現役生や一浪生が懸命に勉強している姿を何度も見ることになります。
すると、ときどき、
「まあ、そんなに必死にならなくても」
「受験なんて結局こんなものだよ」
「俺も昔はそうだったな」
「そんなに夢見ても仕方ないよ」
といった、「やれやれ、皆さんご苦労さん」という空気をまとい始める人がいます。
世の中を一通り見てきた大人のような顔をして、受験そのものを斜めから見る。
これはかなり危険です。
なぜなら、その「達観」は、本当に何かを成し遂げた人の達観とは限らないからです。
うまくいかなかった経験が重なった結果、期待してまた傷つくことを避けるために、「そもそも受験なんて大したものじゃない」と考えるようになっている場合があります。
本気にならなければ、失敗しても傷つきにくい。
「絶対に受かりたい」と言わなければ、不合格でも「まあ、こんなもんだよ」と言える。
それは本人にとって、一種の防御になるのかもしれません。
しかし、受験生としては非常に危険な防御でもあります。
医学部入試は、こちらが達観したからといって問題を易しくしてくれません。
英単語を斜めに眺めても覚えられません。
数学を俯瞰しても答案は完成しません。
「人生なんとかなる」と言っても、合格最低点が下がるわけではありません。
必要なのは達観ではなく、今日やるべきことをやることです。
さらに問題なのは、その諦観を周囲に広げてしまうことです。
現役生や一浪生が、
「今年こそ絶対に受かりたい」
「この大学に行きたい」
と思って勉強している横で、
「そんなに頑張ってもね」
「そのうち分かるよ」
などと言う必要はありません。
その受験生が持っている熱量まで奪ってどうするのでしょう。
多浪しているからこそ分かる苦しさは、確かにあります。
何度も入試を経験した人にしか分からないこともあるでしょう。
だからこそ、その経験は他人を冷笑するためではなく、自分自身の次の一年を変えるために使ってほしいと思います。
そして、一浪生や予備校歴の浅い受験生にも伝えておきたいことがあります。
年上だからといって、その人の受験アドバイスが正しいとは限りません。
予備校に詳しいからといって、合格への最短距離を知っているとも限りません。
「あの先生はダメ」
「あの参考書はダメ」
「あの大学はこうだ」
そうした話を聞いたときには、「この人は詳しそうだ」と思う前に、一度立ち止まってください。
受験について重要な判断をするときは、実際に合格を経験した学生チューターや、毎年多くの受験生を指導している講師、担任、アドバイザーに相談してください。
もちろん、受験生同士で励まし合うことは大切です。
問題を教え合うこともあるでしょう。
休憩時間に話をして気分転換することも悪くありません。
問題は、受験生同士の世界の中で「先生役」と「後輩役」ができあがってしまうことです。
特に多浪生は、在籍期間が長いだけで、いつの間にか自分を「教える側」に置いてしまうことがあります。
でも、忘れないでください。
予備校では、古参であることに何の勲章もありません。
三年間在籍したから三年分偉いわけでも、五年間在籍したから受験の真理に近づくわけでもありません。
むしろ、長くいる人ほど考えるべきなのは、
「なぜ自分は、まだここにいるのか」
ということです。
これは自分を責めろという意味ではありません。
これまでと同じ勉強法、同じ生活、同じ考え方を続けて、次だけ違う結果になるのかを検証するということです。
多浪そのものが問題なのではありません。
多浪生活に「慣れる」ことが問題なのです。
予備校の先生に詳しくなる。
校舎に詳しくなる。
受験情報に詳しくなる。
後輩から頼られる。
そして、その場所での居心地がだんだん良くなる。
これは受験生にとって、あまり良い兆候ではありません。
予備校は居場所になるための場所ではありません。
合格するために利用して、できるだけ早く出ていく場所です。
メディカルウイングでも、多浪生だからという理由だけで、その受験生を否定的に見ることはありません。
医学部入試では二浪、三浪、あるいはそれ以上の受験生もいます。
大切なのは浪人年数ではなく、その一年をどう使うかです。
だから、多浪生諸君。
予備校の「主」にならないでください。
後輩にマウントを取らなくていい。
参考書評論家にならなくていい。
講師評論家にならなくていい。
そして、受験を知り尽くしたような顔で達観しなくていい。
まだ受験生なのですから、泥臭くていいのです。
英単語を覚える。
問題を解く。
間違えたら直す。
分からなければ質問する。
過去問を解く。
また間違える。
また直す。
それでいい。
「やれやれ、みんな必死だな」と周囲を眺めている場合ではありません。
その「みんな」は、数か月後、あなたを追い越して医学部へ行くかもしれないのです。
そして予備校歴の浅い受験生諸君。
「先輩だから」という理由だけで、受験生を先生にしないこと。
その人はあなたの先輩ではなく、同じスタートラインに立っているライバルかもしれません。
多浪生も一浪生も現役生も、やることは同じです。
予備校の中で偉くなる必要はありません。
受験について悟る必要もありません。
合格してください。
予備校の「主」になっても、ロクなことはありません。
主になる前に、合格していなくなってください。
私たち予備校にとって、それが一番うれしい「退会」です。