最初の授業で見えるもの

長く受験生を指導していると、初めて担当するクラスでも、教壇に立って座席を一瞥しただけで、

「あ、この生徒は伸びそうだな」

と感じることがあります。

まだ模試の成績も見ていません。

偏差値も知りません。

得意科目も苦手科目も、志望校も知りません。

それでも、ある程度わかる。

もちろん、第一印象だけで合否まで断定できるわけではありません。しかし、長く教壇に立っていると、学力とは別のところに、その後の伸びを予感させる情報があることに気づきます。

それが、授業を受ける「姿勢」です。

もっと具体的に言えば、私は生徒の「手」をよく見ています。

伸びる生徒は、授業中、筆記用具を握っていることが多いのです。

板書を写しているときだけではありません。

講師が黒板から離れて話をしているときも、問題を解説しているときも、入試について雑談めいた話をしているときも、シャープペンシルや鉛筆を手にしている。

何か重要なことがあれば、すぐ書ける。

そんな態勢で話を聞いています。

これは一見すると、本当に些細なことです。

しかし私は、この姿勢をかなり重要視しています。

筆記用具は学ぶスイッチ

なぜ筆記用具を握っている生徒は伸びやすいのか。

私なりの解釈ですが、筆記用具を持つという行為そのものが、「これから相手の話を受け入れる」というスイッチになっているのだと思います。

いわば「受け入れモード」です。

講師が話している。

何か重要なことを言うかもしれない。

だったら、いつでも記録できるようにしておこう。

もちろん、生徒本人がそこまで意識しているとは限りません。

むしろ無意識でしょう。

だからこそ、その姿勢には意味があります。

学ぶことが習慣になっている生徒は、「重要なことを言われたら筆記用具を出そう」ではなく、最初から学ぶ態勢に入っています。

これに対して、必要になったときだけ筆記用具を探し始める生徒もいます。

「ここ、書いておいて」

そう言われて初めて机の上を見て、筆箱を開け、シャープペンシルを取り出す。

もちろん、それだけで成績が伸びないと断定するつもりはありません。

しかし両者には、小さいけれど重要な違いがあります。

一方は最初から情報を受け取る準備をしている。

もう一方は、必要だと判断してから受け取る準備を始める。

この差は、一回の授業ではほとんど見えません。

しかし、毎日、毎週、半年、一年と積み重なると、大きな差になっていきます。

頬杖はブレーキになる

さらに気になる姿勢があります。

頬杖です。

肘を机について、頬に手を当てながら講師の話を聞いている。

本人には、授業をサボっているつもりなどないのかもしれません。

ちゃんと聞いている。

本人に尋ねれば、そう答えるでしょう。

しかし私は、この姿勢をあまり勧めません。

なぜなら、気持ちは「勉強しよう」と思っていても、身体が「受け取る態勢」になっていないからです。

車にたとえるなら、

やる気はアクセル。

姿勢はブレーキ。

アクセルを踏みながら、同時にブレーキも踏んでいるようなものです。

頬杖をつき、どこか講師を値踏みするように、

「この先生はどんな感じかな」

「役に立ちそうなら聞こうかな」

という姿勢で授業を受けていると、本人が思っている以上に情報が入ってきません。

医学部受験では、これが怖い。

医学部入試で要求される学習量は膨大です。

英語、数学、理科。

大学によっては国語もある。

さらに小論文、面接、志望理由、医療時事への理解も必要になります。

すべてを自分一人の判断だけで取捨選択していたら、時間はいくらあっても足りません。

だからこそ、信頼できる指導者から渡された情報を、まず受け取る力が必要なのです。

素直さは従順さではない

ここで誤解してほしくないことがあります。

「先生の言うことを何でも聞きなさい」という話ではありません。

疑問を持つことは大切です。

自分で考えることも大切です。

医学部を目指すのであれば、なおさらでしょう。

将来、医師になれば、目の前の情報を鵜呑みにするのではなく、自分で調べ、考え、判断しなければならない場面が無数にあります。

しかし、

「自分で考えること」と、

「人の話を最初から受け入れないこと」は、

まったく違います。

まず聞く。

一度受け取る。

考える。

わからなければ質問する。

必要なら修正する。

この順番が大切なのです。

成績が伸び悩んでいる生徒ほど、自分のやり方に固執していることがあります。

「私はこの参考書でやります」

「この方法の方が自分には合っています」

「ネットではこう書いてありました」

もちろん、それが正しければ問題ありません。

しかし、その方法で結果が出ていないのであれば、一度立ち止まって別の方法を受け入れてみる必要があります。

医学部受験は、自分の勉強法の正しさを証明する競技ではありません。

目的は合格です。

そのために必要であれば、自分の方法を修正できる。

この柔軟性は非常に重要です。

面接でも姿勢は見られている

そして、この「受け入れる姿勢」は、医学部面接にもつながっています。

面接対策というと、

「何を答えるか」

ばかりに意識が向きがちです。

志望理由をどう話すか。

医師志望理由をどう説明するか。

最近の医療ニュースについて何を答えるか。

もちろん、どれも重要です。

しかし面接は、暗記した回答を披露する場所ではありません。

目の前にいる相手とのコミュニケーションです。

質問を最後まで聞く。

質問の意図を考える。

相手の言葉を受け止めてから答える。

わからなければ、わからないなりに考える。

自分の意見と違う話を振られても、いきなり否定せず、一度受け止める。

こうした姿勢は、模範回答を丸暗記しただけでは身につきません。

普段の授業で、

人の話をどう聞いているか。

わからないことをどう受け止めているか。

指摘されたときにどう反応しているか。

そこに、すでに現れています。

授業中、筆記用具を手にして講師の話を聞く。

それ自体が面接テクニックなのではありません。

しかし、その背後にある「相手から何かを受け取ろうとする姿勢」は、面接でも自然に表れます。

長く教えている講師であれば、そういうものは案外わかるものです。

面接官も同じでしょう。

学力以前に育てたいもの

医学部受験は、非常に厳しい競争です。

高い学力が必要なのは言うまでもありません。

しかし、医学部に合格する程度の学力を身につければ、それで人として何かが出来上がるわけではありません。

むしろ、その先の方が長い。

大学に入れば、さらに専門的な勉強が始まります。

実習があります。

国家試験があります。

研修医になれば、先輩医師や指導医から学ぶことになります。

そして医師になった後も、医学は更新され続けます。

つまり、医学部を目指す生徒に本当に必要なのは、

「今、どれだけ知っているか」

だけではありません。

学び続けられること。

指摘を受け入れられること。

必要なら自分を修正できること。

そして、人の話を聞けること。

そうした力です。

だから私は、初めて授業をする生徒たちの前に立つと、まず座席全体を見ます。

そして手を見る。

筆記用具を握っているか。

いつでもメモを取れる状態になっているか。

こちらの話を受け取ろうとしているか。

ほんの小さな所作です。

けれども、一年間指導した後に振り返ると、最初の授業で感じた印象と、その後の伸び方が重なることは珍しくありません。

医学部受験では、難しい問題を解けることばかりが「能力」ではありません。

人から教わることのできる能力もまた、重要な能力です。

そして、それは今日から変えられます。

次の授業。

まずは筆記用具を手にして、講師の話を聞いてみてください。

たったそれだけのことですが、

「何かあれば書く」

ではなく、

「何かを受け取るために待つ」。

その姿勢の違いは、積み重なるほど大きくなっていきます。