「空白」が「停滞」を生む
受験勉強はやることが多く、受験生活は常に忙しい。多くの受験生はそう感じています。
しかし実は受験生にとって本当に危険なのは「暇」よりも「退屈」です。
イギリスで行われた研究では、公務員に「過去4週間どれほど退屈を感じたか」を尋ね、約20年後に追跡調査を行ったところ、「とても退屈していた」と答えた人ほど心血管疾患の死亡リスクが高かったと報告されています。
因果が証明されたわけではありませんが、研究者は慢性的な退屈と喫煙・飲酒・活動量不足・健康状態の低下・意欲の低下が結びつきやすいと指摘します。
つまり退屈とは、単なる暇ではなく、目標や役割や期待が失われた「空白の時間」なのです。
受験でも同じことが起きます。志望校が決まらない時期、模試の返却を待つ時期、出願方式を絞れない時期、勉強計画が固まっていない時期──本人も保護者も焦っているように見えて、実は何も決まっていない。
その空白に退屈が入り込み、受験生活はひっそりと停滞していきます。
行き当たりばったりの勉強が危ない理由
勉強量が足りない生徒と勉強が続かない生徒は同じではありません。
勉強することそのものがストレスなのではなく、勉強する理由がぼやけていることがストレスなのです。
だからこそ、ちょっと注意が必要なのは、机に座ってから「さて、今日は何をやろうかな」と考え始めるタイプの受験生です。
この無計画・行き当たりばったりは退屈を生み、判断力を鈍らせ、学習の空白を増やします。
逆に強いのは、机に座る時点で「今日はあれとこれをやる」と決まっている受験生です。
この決まっている状態が受験の継続力を生みます。
保護者にとっても重要なのは、机に向かう時間の長さではなく、その時間に意味があるかということ。
意味のない学習は退屈を呼び、退屈は停滞を呼び、停滞は焦りを生み、焦りは判断を誤らせます。
長期戦である受験生活は、体力や気合の問題ではなく、目的と計画の管理が重要なのです。
計画は「完璧さ」より「空白を防ぐ」ため
受験において最も強い武器は、綿密な学習計画ではなく、大雑把でも次に何をするかが決まっている状態です。
計画の精緻さよりも空白のなさが重要です。
しかし、だからと言って完璧主義的に計画を作る必要はありません。
むしろ完璧な計画ほど崩れやすく、崩れた瞬間に「もういいや」と投げ出してしまう悪い意味でのの完璧主義があります。
理想的なのは、進み具合や生活リズムに応じて修正できる柔らかい計画です。
問題に手こずれば修正し、今の状況では難しいと思えば引き算できる余白が必要です。
計画とは結果を縛るための鎖ではなく、今日は何をやるかを先に決め、机に座り学習をスタートさせるための方便にすぎません。
これがあるだけで、机に座った瞬間からスムーズに勉強に入れます。
逆にこれがないと、考えるための時間が増え、その時間が退屈を呼び、退屈が受験を鈍らせていきます。
計画は自分で作るか、プロに任せるか
計画は自作でも構いませんし、指導のプロに作ってもらうのも賢い選択です。
プロは「この生徒はいつまでに何をどれだけやる必要があるのか」を理解しているので、現在地点から合格までを逆算した助言ができます。
大人の世界でも、定年後に次の活動を持たず空白に入ると生活が不活性になると言われます。
受験も同じで、目標が終わった瞬間に退屈が訪れます。
退屈とは怠惰ではなく、目的を失った状態。
目的や次の行動を保つことは、受験における最も実務的な戦略です。
次に向かう理由があるだけで継続が生まれ、停滞を防ぐことができるのです。